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静岡地方裁判所沼津支部 昭和54年(ヨ)101号 決定 1980年2月29日

債権者 瀬戸行男

<ほか一二九名>

右債権者ら訴訟代理人弁護士 福地明人

同 沼澤龍起

同 細沼賢一

同 小川良昭

同 西山正雄

同 小林達美

同 藤森克美

債務者 小泉・アフリカ・ライオン・サファリ株式会社

右代表者代表取締役 小泉和久

右訴訟代理人弁護士 石川秀敏

同 阿部昭吾

同 内田文喬

主文

債権者らの本件申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債務者は別紙物件目録記載の土地内に動物を搬入してはならない。

2  債務者は同目録記載の土地上で自然動物公園を開園してはならない。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文第一項と同旨

第二申請の理由の要旨

(被保全権利)

一  当事者の地位と被保全権利

1 債務者は動物園の経営を目的とする株式会社であり、別紙物件目録記載の土地(以下、本件計画地という)上に、ライオン五〇頭・虎二五頭・象一〇頭など計三五〇頭の動物を放飼にし、料金を徴してこれを観客に見物させることを目的とする自然動物公園(以下、本件動物公園という)の建設および営業を計画しているものである。

2 個人の生命・身体および生活に関する利益は各人の人格に本質的なものであって、何人もみだりにこの利益を侵害することは許されず、その侵害に対してはこれを排除する権能が認められるべきであるところ、債権者らはそれぞれ別紙当事者目録記載の住居地に居住するものであり、債務者の本件動物公園建設によって、その生命・身体および生活に関する利益を次のとおり侵害されることは明らかであるから、債権者らは債務者に対し、それぞれ右権能(人格権)に基づいて、本件計画地への動物の搬入および本件動物公園の開園の禁止を求める。

二  地下水脈汚染による被害

1 本件動物公園の建設計画によると、本件計画地上には、一日平均、動物の糞一八五九キログラムと尿一二三九キログラムの計三〇九八キログラムの汚物(三〇九九人分の汚物に相当)、入園者の汚物七六九八キログラム、従業員の汚物八五〇キログラムおよびその他の生活排水が排出されるが、これらのうち、放飼動物の尿の全部と糞の三割はなんらの処理も加えられないまま放置され、放飼動物の糞の七割・舎屋内の動物の糞尿全部、入園者・従業員の汚物および生活排水は、BOD(生物化学的酸素要求量)一〇ないし一五ppm・SS(浮遊物質量)二〇ppm程度の汚水(一日当り四八〇トン)に稀釈されたうえ、調整池から地下へ垂直に埋設されたパイプによって排水され、結局すべて本件計画地において地下浸透させることになっている。

2 ところで、債務者は、右建設計画(以下、旧計画という)をその後一部変更し、この変更後の建設計画(以下、新計画という)においては地下水脈汚染のおそれのないことが一層明らかになったと主張するが、浄化後の排水の汚染度がBOD平均五ppmというのでは、沼津市内を流れる狩野川下流の汚染度(BOD一・五ないし二ppm程度)の三倍に当る汚水であり、「平均」という以上はそれ以上の汚染度になる日も当然ありうるということである(なお、表流河川への工場排水に対する静岡県条例の規制基準は飲用水の基準となんらの関係もない)うえ、放飼動物の糞を九割回収するという計画は、他社経営の自然動物公園における現状に照し、その実現可能性が疑わしく、排水の循環再利用というも排水の一部についてなされるにすぎず、その余二四〇トン(一日当り)という多量の排水は散水処理などできる筈はなく、仮に実施できたとしても、本件計画地は著名な多雨多湿地域にあって植物のための散水は全く不要であるから、散水される右排水はそのまま地下へ浸透することになる(なお、冬期凍結し積雪のある本件計画地上にスプリンクラーで散水すれば、右排水は人工雪となって積るだけである)。右のとおり排水処理に関する新計画の実効性は極めて疑わしいため、債務者が旧計画を強行する可能性さえある。

しかも、新計画においても、放飼動物の尿全量と糞一割が本件計画地にそのまま浸透する点については変りなく、これに含まれる細菌・ウイルスに対する処理対策はなんらとられていない。また、右排水について仮に滅菌槽による滅菌がなされるとしても、その散水により本件計画地中で浄化活動をしている細菌まで死滅させることになるだけではなく、右滅菌処理によってもウイルスはなんらの影響も受けない。

3 しかるに、右糞尿(汚物)および排水(汚水)の中には、結核菌・サルモネラ菌・ヘパタイジス・レプトスピーロスなど人体に極めて有害な細菌・ウイルスが含まれているほか、合成洗剤・高分子凝集剤など各種の有機物・無機物が含有されている。

4 本件計画地の地下約一一〇メートルには、富士山の雪どけ水を主たる給源とし本件計画地付近一帯の森林を涵養林とする地下水脈が走っているが、本件計画地は富士山の火山灰土および溶岩地帯にあり、その地質は透水性が極めて高いうえ、土壌微生物などによる濾過・浄化能力もないため、右汚物および汚水は約四八時間で右地下水脈にそのまま流入することになる。

右地下水脈は裾野市須山・駿東郡長泉町の地下を通り、同郡清水町八幡字泉二〇四番地に達して地上に湧出しているが、その途中に裾野市と駿東郡長泉町の各上水源があるほか、右湧出地点には沼津市・三島市・駿東郡清水町などの上水施設があり、右市町村の各家庭に飲用水その他の生活水として配水されている。

ところが、右地下水脈の水は雑菌や不純物を含まない良質の清水であるため、右市町村の上水施設には浄化設備がなく、右地下水脈にウイルスなどを含む汚物が混入すれば、そのまま右各家庭に配水されることになる。

5 別紙当事者目録番号13ないし130の債権者ら一一八名は、いずれも右市町村に在住するか、あるいは右市町村内に勤務する者であり、右地下水脈を上水源とする水を毎日飲用水その他の生活水として用いている。

よって、本件動物公園建設のもたらす右地下水脈汚染により、右債権者らは生命・健康および文化的生活を侵害される危険がある。

三  地震の際逃走する猛獣による被害

1 本件計画地の存する静岡県東部地方は、富士箱根火山帯に連なる日本有数の地震多発地域であり、現に、近い将来マグニチュード七ないし八の大地震(いわゆる東海大地震)が発生する可能性が極めて高いものと予想され、静岡県をはじめとして関係各市町村においてもその予知方法の整備と防災対策が真剣に検討・準備されていることは周知の事実である。

2 しかるに、本件計画地の地盤は表土・火山砂礫と何層にも重なった地層を形成しており、このような地盤が地震に弱いことは明白であるうえ、かかる地盤の地震においては、各地点ごとに上下左右前後と全く不規則な方向に揺れ動くのが常であり、本件計画地のような広大な土地にあっては各地点の震動方向は全く予測できず、かつ、外柵などに及ぼす力は単一方向の震動に比し想像を絶するような強い力となる。

しかも、本件計画地には富士山と愛鷹山の間を東西に走る神縄断層というA級の活断層(一〇〇〇年間の平均変位速度が一ないし一〇メートル位で、四万分の一の空中写真の判読で地形線や地形面が切断されているのがよく分り、変位の向きが確実に判定できるという、ランクとして最も活動度の激しい要警戒の活断層をいう)があり、本件計画地にマグニチュード八の激震が発生した場合、この活断層に沿って大規模な地すべり・陥没・隆起などの地盤崩壊が生ずることは明らかである。

3 右に述べたような地盤の上に建設された本件動物公園を近い将来いわゆる東海大地震級の地震が襲った場合を想定すれば、外柵・空堀などが陥没などの地盤崩壊によって倒壊・切断されることは明らかであり、猛獣の逃走を防止することは不可能である。

ところで、債務者は、本件計画地の外周に設置される外柵は四〇〇ガル級の地震にも耐えられる旨主張するが、その外柵の強度は、水平方向における水平動・垂直方向における加速度などについてあらゆる事態を想定して検討されたものではなく、その安全性はなお明らかでないといわなければならない。

なお、一般に動物は地震の直前から異常行動を起すものであるうえ、債務者主張のレンジャーの麻酔銃による動物逃走防止策などは、大地震下の異常事態において実行できる筈がない。

4 本件動物公園から猛獣がひとたび逃走すれば、その周辺は全て山岳地帯であるため、これを発見することすら困難である。

そして、ライオン・虎などは一晩に五〇ないし八〇キロメートル位歩き回るのであるから、この行動範囲内に沼津市・三島市などの本件計画地周辺の市街地は全て含まれ、空腹で気の苛立った猛獣が債権者らの居住する右市街地へ侵入したことを想像すると、これら猛獣による人身の被害の発生とともに、住民がパニック状態に陥ることは必至である。

5 別紙当事者目録番号3、7、11、13ないし39の債権者ら三〇名は本件計画地に近接して居住しているものであり、それぞれ自己および家族の生命・身体を右猛獣により直接脅かされるだけではなく、震災時の救援活動および震災後の復旧活動に対する右猛獣の影響により被害を蒙ることになる。

四  交通機能阻害による被害

1 本件計画地周辺の御殿場市・裾野市・駿東郡長泉町・同郡清水町・三島市・沼津市は、伊豆・箱根・富士観光地帯の中心に位置し、観光経路の要衝となっているうえ、首都圏と中京・京阪神を結ぶ輸送幹線の通過地点であり、静岡県内の自動車保有台数の急激な増加とも相俟って、右四市二町における通過車輛または滞溜車輛の数は莫大なものとなっている。そのため、東名高速道路御殿場インターチェンジは、夏から秋にかけての休日ともなれば、ここを経由する約二万三〇〇〇台という大量の自動車によりインターチェンジとしての機能を完全に喪失し、御殿場市内の道路が交通渋滞で麻痺状態となることも多い。

2 しかるに、本件動物公園が開園されれば、債務者の予測によっても最高一日四一三一台の自動車が同公園に集中し、他社経営の自然動物公園の入園者数実績に、前記のとおり観光上の要衝である右四市二町の周域に分布する人口数を併せ考えると、実際には膨大な数の自動車が同公園に集中することになり、同公園に至る幹線道路(東名高速道路御殿場インターチェンジ、これに接続する国道一三八号線・同二四六号線・静岡県道富士裾野線・同須山御殿場線など)およびこれに接続する各市道は交通渋滞によりその機能が麻痺し、これに伴ない自動車の排気ガスも著しく増大することとなる。

3 債務者は、本件計画地開発行為の許可に当り、関連道路の交通問題が検討されたと主張するが、県当局は右許可の判断基準に交通問題は含まれないと明言しているから、右検討がなされた筈はなく、また、債務者がその対策を主張していることは交通渋滞の生じることを自認したことになるが、その対策たるや、周知徹底の極めて困難な「予約制」とか、御殿場インターチェンジ出口の増設と側道へ直接進入させるための立体交差なくしては効果のない「側道への誘導」など、その実効性が疑わしく、強行されればかえって混乱を招くものばかりである。

4 別紙当事者目録番号1ないし53の債権者ら五三名は右各道路を通勤・通院・買物など日常生活のための生活道路として利用しているのであるから、右交通渋滞によってこの利用の利益を奪われることになり、同番号1、3、7、11、18、26、38、39の債権者ら八名は右各道路に面しあるいはこれに近接して居住しているから、右排気ガスにより健康破壊などの損害を蒙るおそれがある。

五  植生などの破壊

本件計画地上には学術的に貴重なアシタカツツジ・サンショウイバラ・マメザクラなどを含む植物が生育し、これが水源涵養林としての役割を果しているのに、本件動物公園の建設によりその約四割に及ぶ土地に生育している植物が皆伐され、以後この土地は動物の放飼地区その他の施設として用いられるのであるから、右建設工事はかかる植物の生育環境を根こそぎ破壊すると同時に、その水源涵養林としての機能を破壊し、地下水脈に対しても大きな影響を与えるものである。

(保全の必要性)

債務者は昭和五三年九月末頃から本件動物公園の建設工事を本格的に開始し、昭和五五年一月二八日現在右工事は完成間近となったため、債権者ら主張の各被害の発生も目前に迫っており、本案判決確定まで俟っていたのでは、債権者らが回復し難い右各被害を受けることは必至である。

第三申請の理由に対する債務者の答弁ならびに反論の要旨

一  申請の理由一のうち、1の事実は認めるが、2の主張は争う。

二  地下水脈汚染による被害について

1  同二1の事実のうち、動物の糞と尿の一日平均の量が債権者ら主張のとおりであることは認めるが、同二のその余の事実はいずれも否認する。

2  本件動物公園の建設計画は、債務者が昭和五四年一月二四日付でなした一部計画変更の申請が同年三月七日静岡県知事に承認されたことにより、右申請のとおり一部変更され、債務者は現在この新計画に基づいて建設工事を施行しているのであって、右変更前の計画を基礎とする債権者らの主張はこの点において既に根拠を失ったものというべきである。

3  右新計画においては、フィールド内の動物の糞はその約九割を回収して焼却処分するほか、動物舎内(夜間は放飼動物も収容)の屎尿・入園者と従業員の汚物・生活排水は、活性汚泥菌法および接触酸化法による浄化施設で、静岡県条例による規制基準(BODについては三〇ppm)をはるかに下まわるBOD平均五ppm・SS平均五ppmまで浄化し、更に滅菌槽でこれを滅菌したうえ、その処理水(一日最大四五〇立方メートル)を中水道として水洗用水などに循環再利用するほか、スプリンクラーにより散布して植生の保護育成に再利用することになっているのであって、右処理水による汚染のおそれはない。

しかも、本件計画地の地盤は地表から順に火山灰層・ローム層・礫混り細砂層・火山巨礫層によって構成され、この地盤自体が浄化能力を有しているから、右新計画においても回収されないフィールド内の動物の尿全量および糞約一割は、右地盤に浸透する過程で完全に濾過・浄化されてしまう。

なお、本件計画地の近隣には乳牛などを長年放飼にしている牧場があって、そこでは乳牛などの屎尿がなんらの処理も加えられないまま放置されているが、右牧場内と周辺にある五本の深井戸について経時的に水質検査をしてみてもなんらの異常はなく、右深井戸の水は右屎尿によって汚染されていない。

4  また、債権者らは、本件動物公園の放飼動物が獣医学などの書物に記載されているウイルスなどの病原体をすべて保有し、これをまき散らすかの如く主張するが、その科学的根拠を欠くものであって、本件動物公園の飼育動物は約一〇〇年の歴史を有する日本の動物園で飼育されてきた動物と同種のものばかりであり、この動物園における実証例によれば、債権者ら主張の病原体の多くは日本において発症の事例なく、その一部の病原体による発症があっても、直ちに発見対処されて他の動物への伝播は防止しうることが明らかである。因みに、病原体を保有する動物の尿・臓器・屍体などとの直接接触により人体に感染するレプトスピラ病・炭疽病・プルセラ病などは、動物との接触に従事する者のいわば職業病として知られているのであるが、我国においてはその予防対策は十全になされており、債務者の傍系会社が経営している九州アフリカ・ライオン・サファリの三年余の動物飼育経験においても、それらによる発症事例はない(ただ、昭和五二年一月に数頭のしまうまがサルモネラ病に罹患したことがあるものの、直ちに処置され、他の動物へは勿論、飼育係その他の従業員への伝染はなかった)。

しかも、本件動物公園に集められる動物の相当部分は、既に昭和五一年五月以来九州アフリカ・ライオン・サファリにおいて獣医により病原体などの検査を受け、衛生管理されてきたものであり、一部の輸入動物も本件計画地内に送られたのち約半月間動物舎に収容され、四名の債務者専属獣医師によって糞尿検査など各種の精密検査を受けるのであって、もし病原体を保有していれば、動物診療所において徹底的に治療を受けたうえ完治するまで展示されないことになっている。更に、その後日常の動物に対する健康管理・衛生管理も右獣医師および四五名の飼育係によって徹底的に行なわれるほか、全飼育動物に対して定期的に精密検査・予防注射が実施されることになっている。従って、病原体の伝播などはありえない。

三  地震の際逃走する猛獣による被害について

1  申請の理由三の事実はいずれも否認する(但し、同1のいわゆる東海大地震発生の危険性について現在論議されていることは認める)。

2  債権者ら主張の神縄断層は、その東方延長は神奈川県足柄郡松田町中津川を経て同郡大井町篠窪付近まで達しているが、その西端は静岡県駿東郡小山町生土西沢(本件計画地の東北東約一九キロメートルの地点)であり、本件計画地とは全く関係がないのみならず、その全体が活断層というのでもなく、少くともその一部が活断層であるというにとどまるものである。

3  本件計画地のある裾野市は、御殿場市・小山町とともに、その地域の地盤が富士山の噴出物・火山山麓扇状地の砂礫層・溶岩層など堅牢な土質で構成されているため、静岡県当局発表のマグニチュード八(震度六程度)の地震に対する危険度試算においても、県下で最も安全な地域とされており、また、本件計画地の地盤も溶岩(玄武岩)から成り立っており、地盤の堅さを調べるための貫入試験においても貫入不能という堅牢な地盤であって、その岩盤上部に存するローム層・礫混り細砂層との相関関係でみられる地盤の卓越周期にも顕著なものは認められず、地震動もほとんど増幅されないことが明らかにされている。従って、仮にマグニチュード八程度の地震が東海地方に発生したとしても、本件計画地に地すべり・陥没・隆起などの地盤崩壊が起ることはありえない。

4  更に、本件計画地の外周には、コンクリート製基礎をもつ鋼製の支柱とこの支柱間に張られる鋼製ネットから成る外柵が二重に設置され(右鋼製ネットには伸縮性があり、地震によるねじれの力はこれで吸収できる)、その内側には動物が外柵に近づけないよう空濠が掘られることになっているが、右外柵は、地震地上加速度四〇〇ガル(震度七程度)級の地震に対し、その地震力を短期荷重とみなしてその支柱については二倍、右鋼製ネットについては四倍の安全率を有する構造にされている。従って、外柵が地震動によって倒壊することもありえない。

5  なお、一般に飼育動物は、地震時においてはその場に身を寄せ合ってうずくまり、暴走しないものであるうえ、本件動物公園においては、夜間肉食動物をすべて動物舎に収容するほか、サファリゾーンでは十分な経験を有するレンジャーが麻酔銃をもって常時警戒に当ることになっているから、緊急時にも十分対応でき、動物の逃走もありえない。

四  交通機能阻害による被害について

1  申請の理由四の主張についてはいずれも争う。

2  本件計画地の開発行為に対する都市計画法二九条の許可(昭和五三年一月二六日付)がなされるに当り、債務者は静岡県の都市住宅部土地対策課・土木部道路維持課など関係各部門との間で、それぞれが有する道路交通関係資料に基づき関連道路の交通容量などを計算し、同県警本部の交通専門家の意見を徴したうえで、本件動物公園開園に伴なう交通問題について検討した結果、既存道路の交通渋滞を惹起するおそれはないとして右許可がなされ、ただ東名高速道路御殿場インターチェンジから本件計画地に至る経路(以下、御殿場経路という)については、関係市当局と具体的対策につき協議するよう県当局から指導を受けたのみである。

3  既存の御殿場経路の現状は平日においては交通渋滞もなく、これに本件動物公園への来園車輛が加わったとしても、それが一時に集中しない限り、右経路の交通容量に照し交通渋滞が生じるおそれはない。休日(特に行楽期の休日)における交通問題対策として、債務者は県当局の指導のもとに御殿場市との協議により、右インターチェンジから東名側道(御殿場市道)へ車輛を誘導することとし、この側道を経て本件計画地に至る関連道路を債務者の費用負担で拡幅・改修するとの成案を得た(右誘導については誘導路・誘導方法とも既に検討ずみである)。

なお、御殿場経路の休日における交通緩和対策として債務者は更に、交通情報の提供によって来園車輛を他の経路に誘導し、開園後当分の間厳格な予約制により来園車輛の総量を規制するなど可能な限りの対策を講じることにしている。

4  本件動物公園は、既に富士箱根地方に多数存在する行楽地に、滞在時間約二時間の行楽地を一つ加えるにすぎず、本件動物公園観覧だけのために来園する車輛が顕著に増加するとは考えられないから、本件動物公園への来園車輛数が従来の既存交通量にそのまま付加されるわけではないうえ、かかる事情に本件動物公園の営業内容を併せ考えれば、来園車輛が本件動物公園に一時に集中することはありえず、かつ、本件動物公園に至るには御殿場経路のほかにも四つの主要な経路があることから、他の行楽地をも回る来園車輛は往路と復路が別経路となるなど右五経路に分散することになる。従って、予想来園車輛数だけから特定の経路の交通渋滞が生じるものと速断することはできない。

五  植生などの破壊について

1  申請の理由五の主張は争う。

2  債務者は本件計画地の六割強を緑地としてそのまま保存し、その余についてもできる限り保存するほか、本件計画地上に生育していたアシタカツツジ・サンショウイバラ・マメザクラ・ヒメシャラ・マユミは全て移植に成功した。

六  保全の必要性について

本件動物公園の建設工事の完成が間近いことは認めるが、その余の主張は争う。

第四当裁判所の判断

一  申請の理由一1の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、債権者らはそれぞれ別紙当事者目録記載の肩書住所地に居住していることが疎明される。

二  そこで、まず申請の理由二(地下水脈汚染による被害)について検討するに、《証拠省略》によれば、当初の本件動物公園建設計画においては、申請の理由二1記載のとおりであった(但し、入園者と従業員の汚物の量については、一人につき一日(睡眠時間を除く一五時間)の糞と尿の量をそれぞれ一二五グラムと一二五〇グラムとし、入園者についてはそのうち三・五時間分が本件動物園内で排泄されるものとすれば、一日二万四〇〇〇人が入園したとしても、その排泄量は糞七〇キログラムと尿七〇〇キログラムであり、従業員二〇〇人が一五時間勤務するとしても、その排泄量は糞約〇・五八キログラムと尿約五・八キログラムにすぎない)こと、しかしながら、債務者はその後、主として排水処理施設について当初の右計画の一部を変更し、昭和五四年三月七日静岡県知事もこれを承認したこと、右変更後の新計画においては、飼場兼用の動物舎新設などによって動物の糞尿の回収率(当初の計画においては糞のみの約七割を回収する予定であった)の向上をはかり、回収した糞は寝藁とともに焼却処理する一方、入園者の汚物など人間系の汚水と雑排水ならびに動物舎内の動物屎尿の処理水を活性汚泥法(曝気方式)および接触酸化式処理装置などによりBODおよびSSとも平均五ppmの水質になるまで処理したうえ、更にこれをろ過した後、活性炭吸着装置により水質浄化をはかり(なお、汚泥処理施設中に凝集剤溶解槽があり、人間系汚水処理施設中には消毒槽がある)、このように処理された最終処理水(一日につき約四八〇立方メートル)のうち約二四〇立方メートルを生活用水として、約一〇〇立方メートルを動物舎用水としていずれも本件動物公園の施設内で循環再利用し、その余の約一四〇立方メートルを本件動物公園内の緑化計画地・駐車場などに散水することとされていること、右計画変更に伴ない、当初、右処理水を地下に排水するために調整池の底部に設置される予定であった浸透井は、設置されないことになったこと、(なお、右活性炭吸着装置に至る以前の処理施設による実験結果によると、処理前の水質が明らかではないものの、処理後の水質は、BOD二ppm以下、SS三・一ppm以下、大腸菌群数一ミリリットル中一〇個以下(但し、昭和五四年九月一七日午後〇時採取の水については一二〇個)であった)が疎明され、他方、債務者が排水処理方法につき、静岡県知事の承認にかかる右新計画を遂行しないで、当初の計画であった調整池底部に設置される浸透井による排水を強行することを疎明するに足りる的確な資料もない(なお、《証拠省略》によると、本件計画地付近は平均気温が八月で摂氏二一度、一二月で同四・三度の寒冷地であり、汚水の水温も冬期にはかなり低下するものと考えられること、水温が同五度程度にまで下る地方においては、バクテリアを利用する汚水処理方式では、その繁殖と活動が低下するため汚水の浄化に十分な効果が期待できないことが窺われるが、《証拠省略》によると、本件動物公園内で用いる生活用水等の水源としては専ら地下水をくみあげてこれに充てることを予定しているところ、《証拠省略》によれば、その水温は冬期においても概ね摂氏一〇度を下ることがないものと認められるうえ、前記の如く債務者の汚水処理計画では活性汚泥法の外に接触酸化方式、活性炭吸着方式を併用することとなっているのであるから、前記事実が疎明されたからといって直ちに、債務者計画の右処理方法の実効性がないものと速断することはできない)ので、右認定の新計画を前提として以下検討することとする。

《証拠省略》によれば、本件計画地は、富士山の大噴火の際に噴出された大量の溶岩が富士山東南斜面から愛鷹山と箱根山の裾合谷を流下して国鉄三島駅の南方まで達してできた三島溶岩流の流域と、その後錐子山噴石丘から噴出した溶岩が愛鷹山麓の十里木部落と忠ちゃん牧場との間の十里木街道まで達してできた錐子山溶岩流の流域とが重なる地域にあって、本件計画地の地盤は地表から概ね、火山灰質のローム層(地表面積のほぼ半分)・礫混り砂層・一〇メートル以内の深さから始まる三島溶岩流の溶岩(玄武岩を主体とする火山巨礫)層の順に構成されており、その地表(ほぼ半分が錐子山溶岩流の溶岩層)には硬土層(いわゆるマサ)もみられないことから水はけがよく、火山巨礫には亀裂が多いためその透水性が高いこと、しかるに、三島溶岩流流域地帯の地下には数本の本流地下水脈(地下川)が走っており、本件計画地の地下にも、地下水位一二〇ないし一六〇メートルのところにその支流が流れているが、この支流は裾野市須山付近で三本の支流と合流して右本流の一本となり、裾野市街地を経て駿東郡清水町所在の国立東静病院付近に達している(以下、これを本件地下水脈という)こと、本件計画地の地表から地下に浸透した水は、数日間で本件地下水脈に達し、更にほぼ数か月を経て右東静病院付近の湧出地点に至ること、本件地下水脈を含む右各地下水脈には年間を通じてかなり大量の地下水(現在では減少傾向にあるものの、昭和四二年九月における伊豆島田付近断面を流過する水量で、一日当り約一六二ないし一六八万立方メートル)が流れていること、本件地下水脈流路の地表付近には、裾野市の一部地域に配水される水道水の取水地である須山・下和田・御宿・石脇の各水源地、長泉町全域の水道取水地である同町納米里所在の第一・第二浄水場、三島市の一部地域に配水される水道水の取水地である裾野市伊豆島田字赤石所在の伊豆島田水源地がそれぞれ存在して地下水をくみあげ取水していること、これらの取水地には一般の上水施設のような浮遊物除去・沈澱設備などの浄化設備は設置されておらず、右各取水地から配水される水はいずれも、僅かに水道の末端において残留塩素が〇・一ppm以上存在する程度に塩素殺菌が施されているだけであって、かかる殺菌法では、この程度で死滅するバクテリアはともかく、ウイルスまで完全には死滅させることはできないことが疎明されるが、三島市の一部地域・沼津市と清水町の各全域の水道取水地である清水町八幡所在の静岡県八幡取水場(通称泉水源)など債権者ら主張のその余の取水場に本件地下水脈の水が流入していることを疎明するに足りる資料はなく(もっとも、《証拠省略》には、右各地下水脈は互いに連通している旨の記載があるが、これを措信するに足りる的確な資料も見出しえない)、また、本件地下水脈を含む右各地下水脈には年間を通じかなり大量の地下水が流れていることは前記のとおりであり、これが仮に層流の状態で流動しているとしても、地上からこれに流入する汚水などが大量の右地下水で稀釈されること自体は明らかであるといわなければならず、この点に照らして考えると、本件計画地上に、BODおよびSSとも平均五ppmの水質になるまで処理された排水が一日につき約一四〇立方メートルずつ散水されるなどしても、これがそのまま前記各取水場から水道へ配水されるわけでないことはいうまでもなく、これがろ過、稀釈された後、債権者らの飲用する水道水に流入するとして、病原体を除くその他の混入物についてみれば、その段階における水質の程度ないし人体に対する有害性を疎明するに足りる的確な資料はないというほかはない。

また、《証拠省略》によれば、本件動物公園で飼育される象・ライオン・トラなどの外国産野性動物は一般的には動物検疫所による動物検疫の対象ではなく、縞馬と各種反芻獣がそれぞれ馬と牛なみに扱われているほかは、右動物検疫を受けないまま輸入されるのであるが、その屎尿中には、動物から人に伝染する病気(いわゆる人畜共通伝染病)の病原体として既知または未知の細菌・ウイルスなどが存する可能性がないわけではないこと、本件動物公園の入園者中にコレラなど危険な伝染病の保菌者が全くいないとは断定できないこと、本件計画地の地表の土質および地盤構成は前記のとおりであって、その地盤は透水性が高いうえ、とりわけ溶岩露出地域については、細菌・ウイルスなどの吸着分解能力に乏しく、地盤による右病原体などの浄化はあまり期待できないこと、一般的に水中において比較的長期間生存するとされるサルモネラ菌は水質水温にあまり左右されないで二週間余(井戸水中の赤痢菌・チフス菌は一週間前後)生存し、コレラ菌・赤痢菌などは大量の水で稀釈されて人体に僅かしか摂取されない場合でも発症の危険性のあることが疎明され、前記各取水地において施されている塩素殺菌法では、その程度の殺菌で死滅するバクテリアはともかく、ウイルスまで死滅させることができないことは前記のとおりであるが、右に検討したサルモネラ菌・コレラ菌・赤痢菌などを除くその他の病原体については、それが本件地下水脈中に混入した場合の生存期間・発症条件などこれを飲用する債権者らに及ぼす具体的危険性を疎明するに足りる資料がないばかりでなく、右各資料によると、いわゆる人畜共通伝染病のほとんど大部分が我国では発症事例がないものであり、まして動物から人体に感染した最近の例はほとんどないこと、そもそも我国で発症事例のある人畜共通伝染病の大部分が保菌動物またはその屍体などと直接接触する職業にある者のみが罹患する危険があるものとされている(もっとも、開園後四年余を経た九州アフリカ・ライオン・サファリにおいて、動物飼育係などの従業員がいわゆる人畜共通伝染病に感染した例はない)こと、しかも、本件動物公園で飼育される動物の種類は、既に日本動物園水族館協会加盟の動物園(六七か所)で飼育され、保有病原体の種類・疾病の予防と治療法などが十分研究されているものばかりであるうえ、この動物のうち外国から輸入して直接本件動物公園に搬入される一部の野生動物については、他の動物園と同様に債務者ら業者独自で右動物検疫と同様の検疫(輸出国と我国における血液検査・細菌検査などによる各種検疫)が行なわれるし、その他大部分の動物は、既に九州アフリカ・ライオン・サファリにおいて右検疫を経たうえ衛生管理を受けているもので、これを本件動物公園に搬入することになっていること、これらの動物については本件動物公園専属の獣医師四名などによって、発生が予測される特定の伝染病の予防措置がとられるほか、きめ細かい衛生管理と健康管理が継続されることが疎明され、更に、《証拠省略》によれば、ウイルスの除去に効果のある処理方法としては砂ろ過法や活性炭処理法などがあり、ウイルスの不活化(消毒)法として最も実用性の高い塩素による消毒法の研究結果によると、遊離残留塩素〇・三ppm、総残留塩素一・六ppmの条件下に置かれたウイルスは、その直後に約五〇パーセントが、一五分以上経過すれば完全に不活化すると報告されていることが疎明されるところ、本件動物公園内に排水される前記処理水について塩素滅菌処理がなされる計画のあることも窺えないではないうえ、BODおよびSSとも平均五ppmの水質になるまで処理された右処理水が、更にろ過された後、活性炭吸着装置によって水質浄化されることになっていること、前記各取水場においても一応前記程度の塩素殺菌が行なわれていることは前記のとおりである。

なお、債務者は、本件計画地の地盤の浄化能力に関し、これに隣接する忠ちゃん牧場にある深井戸の水質が良好であると主張するが、《証拠省略》によれば、同牧場にはいわゆる軟質マサが多くみられ、これのない本件計画地の地盤とは透水性の点において既に異っていることが疎明される(《証拠省略》は、この認定を左右するに足りる的確な資料とはいえない)から、右主張は採用できず、右浄化能力に関する《証拠省略》も右主張事実をその根拠の一つとしているうえ、《証拠省略》に照すと、その計算の前提事実にも疑問があるから、本件計画地の地盤の浄化能力に関する的確な資料とはなし難い。

以上に説示したところを総合して考えると、本件地下水脈付近の浄化設備のない取水場から配水されてくる水道水をそのまま飲用することもある債権者らが、その水の中に病原体ならびにその他人体に有害な物質が存在する可能性について著しい不安感を抱いたとしても、無理からぬものがあるといわなければならないが、他方、本件計画地上に排出される動物の屎尿および排水中の病原体ならびにその他人体に有害な物質の種類と量・これが別紙当事者目録番号13ないし130の債権者らの飲用する水道水中にまで至る経路とその発症条件などの具体的危険性を疎明するに足りる十分な資料はないものというほかはなく、申請の理由二の主張は理由がないものといわざるをえない。

しかしながら、本件保全訴訟において右の点に関する疎明が十分でないとしても、本件計画地に浸透する水が右債権者らの飲用している水道水に流入していないことが実験などによっていまだ明らかにされていない以上、依然として債務者には、右債権者らの前記不安感が払拭されるような方策を講じるよう鋭意努力すべき責務があり、関係行政機関もまた右水道水ひいては本件地下水脈の汚染について十分監視すべき義務を免れえないことはもちろんである。

三  次に、申請の理由三(地震の際逃走する猛獣による被害)について検討するに、債務者が本件動物公園においてライオン五〇頭・虎二五頭・象一〇頭など計三五〇頭の動物を放飼にする計画であることは、前記のとおり当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、静岡県を中心とする東海地方がマグニチュード八程度のいわゆる東海大地震に襲われる可能性のあることは、その時期や震源地・各地点の震度などいまだ明らかではない点が多いとしても、これを否定することはできないことが疎明され、そのため静岡県(知事)をはじめとする関係諸機関において、いわゆる東海大地震の予知情報の収集・予知方法の整備とその防災対策が急がれていることは当裁判所に顕著である。

しかしながら、本件計画地が三島溶岩流と錐子山溶岩流の各流域上にあり、その地盤構成が礫混り砂層とか地下一〇メートル以内の深さから始まる溶岩(玄武岩を主体とする火山巨礫)層などから成っていることは前記のとおりであり、《証拠省略》によれば、本件計画地の地盤は全般的にかなり堅牢であって、上部地層に一〇メートルほどの粘土層を有する一部地域では、その地盤の上下層の硬度差が大きく、下方から入射する地震波動が増幅されると考えられるものの、その他の地域においては、その地盤構成と硬度差からみて、かかる地震波動の増幅は考えられないこと、本件計画地の地下水位は一二〇ないし一六〇メートルの深部にあることから、その地盤の液状化現象の起る可能性はないこと、しかも、本件動物公園の動物飼育地区の外周には、コンクリート製の基礎をもつ鋼製の支柱とこの支柱間に張られる鋼製ネットから成る外柵(全部で五種類ある)が設置され、ライオン放飼地区についてはこれが二重に設置されるほか、象・サイなどの大型動物の飼育地区については右外柵の内側に空堀が構築される(なお、これらの動物は夕方には動物舎内に収容され、夜間戸外に放たれることはない)ことになっているが、右外柵の構造については、設計震度として一応水平震度〇・二および鉛直震度〇・〇が採用されているものの、静岡県地震対策課の指導もあって、様々な地震のいずれにも対応可能とするべく、それぞれ異なったタイプの地震波である「エルセントロ」波の応答スペクトル・「八戸」波の応答スペクトル・平均応答スペクトル(建設省土木研究所作成の日本で起りうる地震の平均的な周期特性を有するスペクトル)の三つの型の地震を想定入力地震動とする地震加速度・地震変位などの動的解析による検討も加えられており、その結果、固有周期〇・一四〇ないし〇・二六一秒を有する右外柵五種類がいずれも計算上、水平震度について最大加速度四〇〇ガル(震度階七)の地震力に十分耐えられる(これによって起される地震変位は外柵の鋼製ネットの伸縮性により吸収される)設計構造であること、なお、地盤上下層の硬度差が大きいとされる前記一部地域は、右外柵の外側の調整池付近であるうえ、その地盤の卓越周期は約〇・三三秒であるから、外柵の右固有周期に照すと、右外柵の応答値(加速度と変位)の増幅は少ないものとみられること、また、右外柵の設置場所六か所の地盤(スコリア)について行なわれた平板載荷試験の結果によって、その地盤の実際の許容地耐力は右外柵の設計に当って設定した許容地耐力よりもはるかに大きかったことが確認されているうえ、右外柵のコンクリート製基礎ブロックは地震時において埋設地盤と一つの振動系を形成して振動し、右地盤との間の相対変位が僅かであるためその間に間隙の生ずることはなく、右振動系の固有周期が〇・〇五秒程度であり、一般に地震動の卓越周期はこれより長いことから、右基礎ブロックによる地震動の増幅はほとんどないとされていることが疎明されるのであって、本件計画地の地盤が地震により各地点ごとに上下左右前後と全く不規則に揺れ動くものであるとの債権者らの主張の趣旨に副う《証拠省略》は、前記各疎明資料に照し、いまだこの点に関する的確な資料とみることはできず、他に右主張を肯認しうべき的確な疎明は存しない。

ところで、《証拠省略》によると、静岡県駿東郡小山町生土西沢から神奈川県足柄上郡大井町篠窪付近まで東西約二〇キロメートルに及ぶ神縄断層が走っていること、この断層は一〇〇〇年間の平均変位速度が一メートル以上一〇メートル未満の、いわゆるA級活断層とされているが、全体が一本の連続した断層ではなく、当初形成された衝上断層とその後にこれを切断する形状で形成された複数の断層から成り立っており、後者の一部が活断層であるにすぎないものとされていること、神縄断層には歴史時代に大地震発生の記録がないことから、数百年程度の期間中には地震発生源となる危険性もあると指摘されていることが疎明されるものの、この断層は右のとおり本件計画地内ないしその直近を走断しているものではなく(《証拠省略》によれば、本件計画地内に断層のないことが疎明される)、いわゆる東海大地震級の地震の影響により本件計画地内にて断層線に沿って地盤崩壊が起るとの債権者らの主張を具体的に裏付ける資料はない(《証拠判断省略》)。

以上に説示したところを総合すると、本件動物公園の動物の逃走防止のため設置される前記外柵がいわゆる東海大地震級の地震によって倒壊ないし切断され、ここから猛獣が逃亡するとの債権者らの主張は、結局これを疎明するに足りる的確な資料がないものといわざるをえず、爾余の点につき判断するまでもなく申請の理由三の主張もまた理由がないものといわなければならない。

四  最後に、申請の理由四(交通機能阻害による被害)について検討を加えることとするが、債権者らは、別紙当事者目録番号1ないし53の債権者らについて、本件動物公園の開園に伴なう交通渋滞により日常生活のため現に通行利用している道路が機能麻痺し、各人の人格に本質的なものというべき右道路通行利用の利益を侵奪されると主張するので、まず、この点について判断するに、国または地方公共団体の管理にかかる公道については、何人に対しても、道路交通法その他の法令の範囲内で、通行利用の自由が認められているが、この自由が公道を通行利用する者にとって生活上不可欠の利益とみられる場合には、それは私法上の保護に値するものというべきであって、公道の通行利用者が、妨害物の設置などにより受忍の限度を超えて、その通行利用の自由を侵害された場合には、第一次的にそれを排除する責務と権限を有する公道の管理者とともに、右公道利用者も生活利益の違法な侵害を受けた者として右妨害の排除を請求しうるにとどまらず、その侵害が明らかに予測される場合にも、公道管理者の措置を俟っていては回復し難い損害を蒙るおそれがあるようなときには、その妨害の予防をも請求しうるものと解するのが相当である。

しかしながら、《証拠省略》によれば、東名高速道路御殿場インターチェンジから国道一三八号線を北上して同二四六号線との交差点に至る約二キロメートルの公道は、現在でも行楽期と特定の休日などにはかなりの交通渋滞に陥っており、右公道の管理者・債務者などが何らの対策もとらないまま本件動物公園が開園されれば、右公道の交通渋滞の程度はより増大するであろうことは容易に推測しうるにしても、他面、本件動物公園に至る経路は右公道を経由する経路のみではなく、他に中央高速道路河口湖インターチェンジ・東名高速道路富士インターチェンジなどを利用する四経路があり、債務者も来園車輛をこれに分散させるべく誘導するなどの方策を立てているうえ、御殿場インターチェンジから本件動物公園に至る経路についても、債務者の費用負担で東名側道(御殿場市道)などを拡幅改修して新たな経路とすることになっていることが疎明され、この事実に自動車運転者の行動傾向などの経験則を併せ考えると、御殿場インターチェンジから本件動物公園に至る公道が本件動物公園の来園車輛により公道としての機能を喪失することを認めるには、いまだ的確な疎明資料が足りないというほかはなく、他に、右債権者らの通勤・買物などの手段が右交通渋滞により奪われることを疎明するに足りる資料もないし、これと、右公道には本件動物公園の来園車輛だけではなく右債権者らその他の車輛も当然乗り入れるであろうことなど諸般の事情に照して考えると、右公道の交通渋滞が右賃権者らにとって受忍の限度を超えるものともたやすくいうことはできない。

また、本件動物公園来園車輛の排気ガスによる被害に関する債権者らの主張については、《証拠省略》によれば、別紙当事者目録番号1の債権者が国道二四六号線(沼津・御殿場間)の、同3、7、11の債権者が県道五木地・御殿場線の、同26、38の債権者が県道三島・裾野・富士線のそれぞれ沿道またはその直近に居住していることが疎明され(なお、同18と39の債権者についてはこの点の疎明はない)、また、「住民協議会」による昭和五三年五月の土曜日と日曜日の右国道二四六号線六八か所(地上約一・五メートル)における二酸化窒素の濃度の測定結果が、平均〇・〇四〇ppm(最高〇・〇七二、最低〇・〇一七ppm)であったとの疎明が提出されているものの、本件動物公園来園車輛により右各公道が公道としての機能を喪失するほどの交通渋滞に陥ることの疎明がないことは右のとおりであるうえ、右来園車輛による排気ガスの増加量とこれが右債権者らの健康に及ぼす影響についての疎明は存しない。

右のとおりであるから、申請の理由四の主張もまた理由がないものといわなければならない。

五  なお、債権者らは植生などの破壊を主張するが、それが債権者らのいかなる権利を侵害するかについての具体的な主張および疎明が存しないのみならず、《証拠省略》によれば、債務者は本件動物公園建設にあたって静岡県知事との間に締結した自然環境保全協定に基づき本件計画地のうちの約六割は緑地としてそのまゝ保存し、その余の地域についてもできるだけ樹木の保存、植栽に努めるほか、本件計画地上に生育していたアシタカツツジ・サンショウイバラ・マメザクラ・ヒメシャラ・マユミなど学術的に貴重な植物についてはこれを移植する計画をたて、その保護に十分留意していることが疎明されるところであるから、本件建設工事のために樹木が伐採されることにより、ただちに植物の生育環境を根こそぎ破壊し、その水源涵養林としての機能を喪失させ、地下水脈にも影響を与えるものとはいえない。

六  以上の次第であって、債権者ら主張の被保全権利はいずれもその疎明が十分ではないものといわざるをえず、かつ、その疎明に代えて保証を立てさせることも相当ではないので、本件仮処分申請は爾余の判断をまつまでもなくいずれも失当としてこれを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 太田昭雄 裁判官 若原正樹 松永眞明)

<以下省略>

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